「水田を上から見られる」明石市が導入した農政業務DX、衛星データとAIで作付け調査を効率化
プロジェクト概要・登場人物
本記事は、サグリ株式会社が2025年6月5日に開催した「農地活用DX」セミナーで紹介された、明石市農業再生協議会によるDX推進の取り組みをレポートするものです。兵庫県明石市の現場で、衛星データとAIを活用した作付け調査アプリ「デタバ」を導入したリアルな事例と、担当者の視点を中心に紹介します。

【登壇者】
明石市農業再生協議会 田島 明子 氏(※当時)
兵庫県明石市にて、経営所得安定対策事業を担当。市の農業振興課所属で農業振興政策担当と兼務。現場の最前線でDXツール導入と活用を推進。

この記事のポイント
- 広大な農地の現況把握という自治体共通の課題に、衛星データとAIで挑む明石市の事例
- 「デタバ」導入により、調査効率化だけでなく、地域の農地利用実態の“見える化”に成功
- 現場に寄り添った“紙とデジタルの併用”など、リアルな運用の工夫と定着のヒントも紹介
課題感と出会い – 職員は減り、農地の現況は見えにくい。そんなジレンマからの挑戦
明石市の農地は市街化区域に約150ヘクタール、調整区域に約400ヘクタールが広がります。水田台帳上の農家戸数は約1500戸に上り、その多くが小規模な、いわゆる兼業農家です。一方で、国の経営所得安定対策等交付金の対象となる農家は120名ほど。市が直接、現地の状況を確認する必要があるのは、主にこの120名の農地でした。
しかし、そこには大きな課題があったと田島さんは語ります。
「行政職員がどんどん減っていく中で、広大な農地を一筆一筆見て回るのは、どんな地域であっても難しいことです。営農計画書も、毎年同じ内容で提出されるケースもあれば、相続などを機に提出されなくなってしまうこともあり、台帳と実態が合っているのか、正確に把握するのが困難でした」
そんな中、1通の営業メールが届きます。それが、サグリ株式会社の「デタバ」との出会いでした。同じ兵庫県内の丹波市で導入事例があると聞き、話を聞いてみると「面白そうだ」と直感。これが、明石市の農政業務DXの第一歩となりました。
導入の決め手 -「上から見る」ことで、農業の“ベース”を捉え直す
「デタバ」は、衛星データをAIで解析し、農地一筆ごとの作付け状況を推定するWebアプリケーションです。農家から提出された申請情報とAIの推定結果を比較し、情報が食い違う「乖離率」の高い農地を地図上に色付けして表示。職員は、その色が付いた場所を優先的に現地確認することで、調査全体の労力を大幅に削減できます。
特に、水稲や麦類といった主要な作物では、福井県での実証事業で90%を超える高い精度が確認されており、その信頼性が導入の決め手の一つになりました。
田島さんは、デタバの価値をこう語ります。
「水田って、日本のどこでも農業のベースにあるものだと思うんです。その水田が今どうなっているのかを把握することは、農業振興政策を考える上で絶対に必要なこと。それを上から見れるというのは、職員が減っている中で、ものすごく意味があることだと思いました。」

現場のリアルと活用の工夫 -「紙の地図」と「タブレット」の間で
ツールの導入が決まっても、長年続いた業務のやり方をすぐに変えるのは簡単ではありません。明石市では、今も現地確認には紙の地図が活躍しています。
「交付金申請のあった約120件の農地を、6月下旬から約1ヶ月かけて確認に回ります。係の職員が総出で、毎日誰かが外に出ている状態です。農家さんと一緒に回ることも多いので、事前に紙の地図を共有する必要があり、どうしても『紙』が中心になります。」
毎年6月になると、1ヶ月近くかけてひたすら地図を作成していたという田島さん。デタバを導入した今も、まずは既存のやり方をベースにしつつ、段階的な移行を模索しています。
「まずは従来のやり方で担当者に作業を進めてもらい、その間に自分が空いた時間で『デタバを使ったらどうなるか』を試す、といった形ができればと考えています。まだ余裕はないですが、少しずつ試していきたいですね。」
いきなり全てをデジタルに置き換えるのではなく、現場の状況に合わせて柔軟に活用法を探る。その姿勢が、着実なDX推進に繋がっています。
見えてきた成果 – 「闇小作の発見」と、データがもたらす“考えるきっかけ”
デタバの導入は、業務効率化だけでなく、これまで見えなかった農地の姿を浮き彫りにしました。
「実は、闇小作の発見に繋がったりもするんです。申請上は作付けしていないことになっているけれど、デタバで見ると明らかに作物が育っている。調べてみると、隣の大規模農家さんが代わりに耕作を代行してあげていた、というような実態が分かる。データが、地域の状況を考える『きっかけ』になるんです。」
AIの判定結果と現地の状況を照らし合わせることで、地域全体の利用状況をより正確に把握できるようになったといいます。また、申請が出ていない農地も含めて市全体の水稲作付面積を正確に捉えられるようになったことも、大きな成果の一つです。
「水田情報システムに入っている情報が全てではありません。デタバは、その足りない部分を埋め、全体の状況をざっくりとでも見せてくれる。それが大きな価値です」
予算確保の壁を越えて – 「これは、市全体の業務だから」
新しいツールの導入に、予算の壁はつきものです。明石市では、この壁をどう乗り越えたのでしょうか。
「明石市では、農業再生協議会の業務を市の職員が担っており、実質的に一体化しています。そこで、デタバの導入にあたっては、『これは再生協議会の事務のためだけのツールではなく、市の農業振興という、もっと広い意味で使うものだ』と説明しました。」
その結果、市から再生協議会への委託料の一部を財源とすることで、予算を確保。作付調査の効率化という直接的なメリットだけでなく、農地全体の現況把握という、より大局的な視点での価値を提示したことが、合意形成の鍵となりました。
まとめ:全体を俯瞰することから、次の一歩が始まる
明石市の事例は、テクノロジーが単なる「効率化ツール」にとどまらず、地域の現状を正しく理解し、次の一手を考えるための「羅針盤」となり得ることを示しています。
国の政策がどう変わろうと、地域の農業の基盤である農地をどう守り、活用していくかという問いは、すべての自治体にとって普遍的なテーマです。
「全体の状況をざっくりでも見れること」。田島さんのこの言葉に、衛星データを活用したDXツールの本質が詰まっているのかもしれません。まずは空から全体を眺め、自分たちの足元を正確に知ること。それが、未来に向けた確かな一歩につながっていくはずです。