兵庫県丹波市が目指す衛星データとAIで現地確認業務を54%省力化——272の農会と築く持続可能な農業DXモデル

272の農会と共に進めた現地確認業務—協働の中で見えてきた課題と次の一手
地域を支える272の農会と行政の連携の最前線に立つのが、丹波市役所 農林振興課の高瀬勇志氏です。国の交付金事務や地域農業再生協議会の運営を担い、その中でも特に大きな比重を占めていたのが、交付金申請に伴う農地の現地確認業務でした。
従来、丹波市ではこの確認を、市内272の農会(地域単位の組織)の会長に依頼し、地域ぐるみで支える体制を築いてきました。
「基本的には各地域の農会長さんにお願いして現地を確認いただき、その結果を市に報告してもらうという流れです」
しかし、長年続いてきたこの協力体制も、少しずつ限界を迎えつつありました。
最大の課題は高齢化です。現地確認業務が集中するのは7〜8月の酷暑期で、炎天下での作業は大きな身体的負担となっていました。「今後も同じ形でお願いし続けられるのか」という不安の声も、部署内では次第に増えていました。
また、世代交代により農業経験のない方が地域の役割として会長職を務めるケースもあり、地域を想う気持ちはありながらも、農地の状況を十分に把握することが難しい場面もありました。
そのような中で、農会長からは「作業が大変」「もっと効率化できないか」といった率直な声が寄せられるようになります。
年に3回行われる説明会では、各地域の意見を直接伺う貴重な機会となる一方、行政として平等に対応する難しさも感じていたと高瀬氏は振り返ります。
「それぞれの地域に事情や思いがあります。長年支えてくださっているからこそ、さまざまな意見をいただくのだと思います」
272の農会があれば、272の地域の現実があります。行政と地域が共に支え合ってきたこの仕組みも、持続のための“転換期”を迎えていました。
地域住民への負担軽減、職員の働き方、そして制度そのものの継続性——。丹波市の現地確認業務は、まさに「次の仕組みづくり」へと踏み出す時を迎えていたのです。

「地元企業という信頼が後押し」——実証実験から始まったスムーズな導入の裏側
こうした課題を解決するため、丹波市が導入を検討したのが、株式会社サグリが提供する衛星データを活用した作付け調査アプリ「デタバ」でした。
数あるツールの中からなぜ「デタバ」を選んだのか。その背景には、地域との深い信頼関係がありました。
「導入の決め手は、サグリさんが地元企業だったことです。やはりそこは大きかったですね」
丹波市では、他ツールとの厳密な比較よりも、地元企業との協働を重視しました。加えて、最初から本格導入ではなく、国の予算を活用した実証実験として始められたことも大きな追い風でした。
「実証導入という形だったので、迷いはほとんどありませんでした。国の推進事務費の中から費用を賄えたため、市の独自予算を通す必要もなく、スムーズに進められました」
先行事例として青森県大鰐町などの取り組みを参考にしながらも、「まずは自分たちの地域で試す」という地元発の実践が、丹波市のDX推進の第一歩となりました。
地域企業との信頼と、制度を活かした柔軟な設計——その二つが、スムーズな導入を支えたのです。
「革命的ですね」——現地に行かずとも作物を把握できる驚きと、新たな発見
実証実験として「デタバ」を使い始めた高瀬氏。その第一印象は「便利」という言葉に集約されます。
「今までずっとアナログなやり方で、紙の地図を焼いて現地確認をしに行っていました。それがまずデータ上でできるというのは大きいですし、実際に現地へ行かなくてもある程度作物の判定ができる。これはだいぶ革命的ですね」
特に高瀬氏が価値を感じているのが、申請された作物と実際に作付けされているものが違っているかもしれない可能性を「乖離率」として算出する機能です。
「作付けの乖離率を出してくれるのが一番かなと思います。地図システム自体は他の会社でも作れるかもしれませんが、圃場ごとの乖離の可能性を確率で見出してくれる。そこが重要です」
「基本的には申請通りに作付けされているものなのですが、デタバの画面で見てみると乖離率が高い(申請通りではなさそうな)圃場もあり、実際に調べてみると確かに予定通りに栽培されていない、生育がうまく進んでいないケースが見受けられます」
「現地確認から見えた“新たな課題”——データが映し出す現実」
さらに、データは具体的な省力化の道筋も示し始めました。
「例えば麦で言うと、乖離率が50%以下の農地は、基本的に全部しっかりと作付けされていました」と高瀬氏。
「もしこの基準を設けることができれば、来年度からはその基準以下の農地は見に行かなくていい、という判断ができます。そうなった場合、全体の54%はもう現地確認業務が不要になる計算です。これだけでも相当大きな省力化につながります」と続けます。
課題解決のために導入したツールが、新たな発見と具体的な効果をもたらし始めた瞬間でした。
「理想は“共に減らす”こと」——現地確認業務の新しい形を目指して
「デタバ」の導入によって、長年の課題だった現地確認業務に光が見え始めた丹波市。高瀬氏が描く最終的な理想像は明確です。
高瀬氏が描く理想は、単に負担をなくすことではなく、地域と共に新しい確認の形をつくることです。
「理想は、農会長さんの現地確認業務を徐々に減らし、最終的には職員とシステムで支えられる体制にすることです」
衛星データを活用すれば、全ての農地を同じ基準で公平に確認できる。それは、地域全体の安心と透明性を高める取り組みにもつながります。
しかし、高瀬氏は理想を追い求める一方で、極めて現実的な視点も持っています。
「一度にすべてを変えるのではなく、農会長さんとの信頼を保ちながら、新しい方法を一緒に育てていく。その慎重さが大切だと考えています」
丹波市が時間をかけて実証実験を続けている背景には、多くの関係者を巻き込んできた歴史と、失敗が許されないという行政としての責任感があります。
「来年からは本格導入を目指し、農会長さんへの依頼を“希望制”にできないかと考えています。現地確認業務を続けたいという方にはこれまで通りお願いし、それ以外の地域では『デタバ』を活用して職員が確認を行う。そんな形で、無理のない運用に落ち着けばと考えています」
さらに高瀬氏は、システムを導入しても「人の目」を完全に手放すことはないと強調します。「システムを導入しても、いくつかの農地は職員が抽出して現地確認業務を行う考えです。AIと人、両方の視点で確認することが、制度の信頼性を保つうえで大切だと思っています」
「制度としての適正性を保つためにも、人の確認を残すことが大切だと思っています。データと現場、両方の視点を持つことで、市民の安心にもつながるはずです」
完全なシステム依存ではなく、人とシステムが共存するベストバランスを見つけること。それが、丹波市が目指す、現実的で持続可能なDXの形なのです。
システム導入は終わりではない、始まりだ。丹波市が描く「費用対効果トントン」の未来
DXを進める上で、避けては通れないのが予算の問題です。しかし、丹波市ではこの点においても、明確な道筋を描いています。
「現在、農会長さんに現地確認業務をお願いするために、年間でおよそ260万円を支払っています。これは『デタバ』の利用料とほぼ同じなんです。つまり、依頼の一部をシステムに置き換えていけば、追加の費用をかけずに省力化を進められる。理想形はそこですね」と高瀬氏。
これは、多くの自治体にとって大きなヒントとなるのではないでしょうか。新たなコストを発生させるのではなく、既存の業務委託費をスライドさせることで、費用対効果を最大化する。この考え方は、予算獲得の大きな後押しとなるはずです。
最後に、これからDXに取り組む他の自治体担当者へのアドバイスを求めると、高瀬氏は自身の経験を踏まえてこう語りました。
「システムを導入したらすぐに省力化につながる、というのは少し違うかもしれません。特に『デタバ』に関しては、地域ごとに生育状況や土地柄が全く違うので、それぞれの地域で乖離率の基準を設ける作業が一番大切になってくると思います」
職員が実際に現地で確認したデータと、システムが弾き出したデータを突き合わせ、自分たちの地域における「正しさの基準」を定める。その地道な作業があって初めて、システムは真価を発揮します。
「その基準さえ定めることができれば、年々AIの精度も上がっていくはずです。今年は50%だった基準が、来年は30%になるかもしれない。そうやって、年々省力化を進めていけるのではないかと期待しています。導入して終わりではないんです。」
現場の声を丁寧に受け止めながら、酷暑の中での確認作業を少しずつ変えていく。高瀬氏は、現場と制度のあいだに立つ行政の責任を見つめ、DXという新たな選択肢を一歩ずつ形にしてきました。
その挑戦は、地域との協働を前提とした「持続可能な行政DX」の姿を静かに示しています。 丹波市の取り組みは、同じ課題に向き合う自治体にとって、現実的かつ誠実な変革のヒントとなるでしょう。